乙未

hituzi今年も、もうちょっとで終わっちまうよなぁ~!!ところで、「乙未」って読めるっかぁ?「きのとひつじ」って今年の干支(えと)だぜ。年賀状にヒツジの絵あったろ?

干支って、ネズミから始まる十二支と、木・火・土・金・水の5つにそれぞれ陰・陽を付けた十干の組み合わせなんだが、12×10で120通りある訳じゃなくて、十二支の動物にもそれぞれ陰陽があって、十干の陰陽と合わせなきゃなんねーから、半分の60しかねーんだぜ。

今年の「乙未」は「木」「陰」「羊」って組み合わせだぜ。来年は「丙申(ひのえさる)」で「火」「陽」「猿」な。元日に届くよ~に、早めに年賀状出しちまえよ!

yubi昨日は、般若って言葉のこと書いたが、似たようなのに「切」って漢字がある。この漢字って、意味不明だと思ったことねーか?

普通に読むと、「きる」だろ。指を切るとかってナイフで傷つけることを言うよな。でも、「親切」の「切」って切るって意味じゃねーだろ?ついでに、適切って単語もあるが、これも、切るとも親切とも違う使い方だよなぁ。

不思議に思って、前に調べたことがあるんだが、「切」って漢字には、①物を切る、②強く心に浸みる、③ぴったり合う・・・とか様々な意味があるらしい。日本語も意味が深いと思ってたが、漢字も使い方が単純じゃねーよなぁ。

般若

hannyaこれも、後輩と話してて気が付いたんだが、「般若(はんにゃ)」って鬼女って意味だと思い込んでる奴がいるみてぇ~だな。

確かに、能なんかで使う「般若の面」ってのは、角の生えた女の鬼の面で、それこそ丑の刻参りでもしてそ~な面相だからよ、そ~思うのも仕方ねーのかなぁ~・・・っては思うけどな。

ほら、お経に、「般若心経」ってあるだろ。ここでいう般若っていうのは「智慧」って言う意味で、こっちの方が元々の使い方だぜ。いろいろな修行を経て、智慧を得て正しい判断が出来るようになることを言う。

なんで、鬼女が般若の面になったのかは分からねーが、覚えとかねーと、変なとこで恥かくかもしんねーぞ!

無用の用

tyawan今日、後輩と話してて気が付いたんだが、無用の用って「役に立たないように見えるものでも、重要な役割を担ってる」って意味に使われることが多いみてぇ~だよな。

元は、老子や荘子の言葉なんだが、老子の場合は、茶碗なんかは飯を入れるための何もない空間があるから意味があるといったように、「無いということ自体に意味がある。」っていうように使っている。

荘子の場合は、クヌギの木は建材にも向かないし、何にも使えない木であるが故に、人間に切り倒されないで一生を終えることができるといったように、「使えないことに意義がある。」っていうように使っている。

どっちにしても、「役に立たないように見えるものでも、重要な役割を担ってる」って意味ではないと思うんだが。確かに、老荘思想全体としては、今よく言われてるような意味合いもあると思うんだが、この言葉自体は違うんじゃないかと思うんだよな。どうしてこうなったんだろ~ね?不思議だぜ。

良薬

sikaru良薬は口に苦し

これって、孔子の言葉だが、これで終わりじゃなくて、「良薬は口に苦けれど病に利あり。忠言は耳に逆らえど行いに利あり」って続く。確かにそ~だよな。

でも、最近はこれが成り立たないらしい。薬は飲みやすくなるし、社員育成もスパルタ式より共鳴式が重視されるようになってきてるからな。

別に、飲みやすくなるのは歓迎なんだが、ストレスがないのがいいってのは、ど~なんだろうって思うことがある。

「人って化ける」・・・人間的に大きくなるって意味な・・・って言われるが、それってストレス・逆境を跳ね返す時に起こるような感じがするんだよな。やっぱ、苦みも必要だよな。

狸と狐

tanuki「暫・漸」「渇愛・慈愛」に続く、似たものシリーズの第3弾・・・って訳でもねーが、タヌキもキツネも人を騙すって言うよなぁ。うんでも、この2つって、えらく扱いが違うと思わねーっかぁ~?

タヌキって言やぁ~、有名なのは、四国の隠神刑部って化け狸かなぁ~。こいつは悪さして、閉じ込められたってことになってる。キツネって言や~、九尾や白狐なんだが、こっちは、荼吉尼天(ダキニテン)とか宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)とかって神様と習合されて祭られているよなぁ。

なんか、同じようなもんなんに、キツネの方が世渡りが上手いんだか、上手くやってやがるよなぁ~。オレとしちゃ~、タヌキの方が愛嬌があっていいと思うんだが、ど~いう差なんだろぉ~ねぇ~?

koi昨日は、「暫」と「漸」って似てる漢字のこと言ったんだが、「渇愛」「慈愛」ってんも同じ愛って漢字使うが、まるで違う意味になる。

詳しいことは、近所のお坊さんに聞いて欲しいんだが、求めるのが渇愛、ただ与えるのが慈愛ってことらしい。恋は「相手に自分のこと好きになって欲しい」ってことだから渇愛に含まれる。

お釈迦さまに拠れば、この渇愛が全ての苦悩の原因となるらしい。その逆に、慈愛ってのは相手に何も求めないから、相手の反応とかに左右されることがなく、心静かに慈しむことができるらしい。

とは言え、人間、恋愛しねーと子供作れねーし、渇愛が悪いということでもねーと思うんだが、確かに、いろんな悩み事の種にはなるよな。お釈迦さまと違って、そ~いやって、苦しみながら生きていくのが人ってもんかもしんねーな。

暫と漸

zen似たような漢字で、どっちも送り仮名は「く」だが、「暫く」「漸く」読めるっかぁ?「暫く」は「しばらく」、「漸く」は「ようやく」って読むんだぜ。

よく間違えるんが、「暫時」と「漸次」の意味と読み方。この前、後輩が「ぜんじ休憩します」って言いやがったから、「それ何語だぁ~?」って、からかってやったぜ。

訓読みで分かるように、「しばらく休憩します」って時は「暫時休憩」で「ざんじ」って読む。「気温が少しずつ下がる」ってときは「漸次低下」で、「ぜんじ」って読む。

普段は使うこたぁ~ねーだろぉ~が、会議なんかのビジネスシーンで使わなきゃなんねー時もあっから、気付けといた方がいいぜ!

前夜祭

ibuもうすぐクリスマスだよなぁ。みんなは、誰かとどっかに行くんっかぁ~?いい思い出作って来いよ!でもよ、なんでクリスマス当日の25日じゃなくて、前日の24日に派手にお祝いするんだろ~なぁ~?

これは、暦日法と関係があるらしいぜ。今は、太陽の動きを中心にして、太陽が天の最も高い位置にある時を正午、その反対の真夜中を正子(午前0時)として、一日の始まりとしてるよなぁ。

うんでも、ユダヤ暦とか、キリスト教会暦なんかは、日没を一日の始まりにしてるらしい。うんだから、24日の日没から25日の日没までが本来のクリスマスの一日だぜ。

・・・ちゅ~こたぁ~、クリスマスのデートは24日の夜じゃねーとサマにならねーってもんだぜ。覚えとけよ・・・って、楽しければ、ど~でもいいっかぁ~・・・

宋襄

sou宋襄ってんは人でよ、中国の春秋時代の宋って国の君主、襄公んことだぜ。なんで有名かっていうと、この襄公、当時勢力を振っていた斉の君主が死んじまったんで、その後釜に収まって、中国全土を支配しようと画策したんだが、楚っていう大国に邪魔されてしまう。

で、宋と楚は戦争になっちまって、楚が大軍を送って来た。宋は劣勢だったから、奇襲でもかけるしかなかったんだが、襄公は天下を支配・君臨しようとしてた奴だから、そんな卑怯な手はカッコ悪くて使えないって奇襲もせずに、結局は大敗してしまった。世間に奴らは、このことを「宋襄の仁」って呼んで、小馬鹿にしたって話だ。

男って生き物は、いろいろカッコ付けたがるもんだが、何か目標を達成するためには、カッコつけてばっかもいられねーってもんだぜ!いつでも、真剣勝負ってなもんだな!