主張

446年前の今日、織田信長が比叡山を焼き払った。今でこそ葬式仏教ってイメージが強くて、お寺っていうと死者を慰める静かな処って感じなんだが、もともとは、中国の先端の学問を学び教える大学のような感じだったらしい。

うんだから、社会の在り方、人の在り方とかいろいろな考え方を教え導くところで、時の為政者がジャマだと思えば争いになるってのは分かる。まぁ、そういう理念的な衝突ばかりじゃなくて、当時の坊さんにもいろんな奴がいて、あちこちで問題にもなってたようだが。

でも、従わないから、考えが合わないから抹殺してしまおうというのはどうだろうねぇ。イエスマンしか残らない社会って、社会を維持できないと思うんだが。最近はどうかなぁ・・・あちこちで似たようなことが起こってるような気がしてならねーが。

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