恨み骨髄っていう言葉があるが、あれは本当かもしんねーなぁ。

鎌倉時代と室町時代の間に建武の新政ってあしかけ4年くらいの短い期間があるよなぁ。宿願であった打倒鎌倉幕府を成し遂げた後醍醐天皇が親政してた時代を言うんだが、一緒に討幕を進めてきた足利尊氏と仲違いしちまって、あっさり実権を失ってしまう。うんでも、諦めきれなくて、いろいろ策略を建てて、結局は吉野の山奥に立てこもって南朝を建てて、尊氏に対抗しようとした。うんでも、力足りずに、吉野で亡くなっている。

その時の遺言が「玉骨ハ縦南山ノ苔ニ埋マルトモ、魂魄ハ常ニ北闕ノ天ヲ望マン」ってこって、朝敵討滅・京奪回を指示したらしい。すんげー執念だよなぁ。

今日は、後醍醐天皇が崩御した日。最後くれぇは穏やかに死にたいもんだよなぁ。