使用

今日は「2(ふ)10(とう)」で封筒の日らしい。インターネットのせいなんだか、スマホのせいなんだか、最近手紙を書くってことも滅多になくなっちまったよなぁ。

封筒の役割も、手紙を入れるってのよっか、お金を入れる「のし袋」だとか、本とかの物を入れるためのものって感じになってきてるような気がする。まぁ、電子の方が瞬時に届くし便利なことは便利なんだが、やっぱ、手紙、それも手書きのものって独特な意味があるような気がするんだよなぁ。

オレん近くには手紙博物館ってのもあるが、やっぱ、こういう文化って残してかねーとダメなんだろうなぁ。

「吾輩は猫である」って小説があるよなぁ。猫の目からみた人間生活ってすんげーアイディアなんだが、これ考えた夏目漱石ってすんげーよなぁ。

そういやぁ、家政婦は見たとかってドラマもあったよなぁ。直接の当事者じゃなくて、ちょっと離れた立場から見た描写ってのは独特な面白さがあるよなぁ。やっぱ、あんまし利害関係がねーから覚めた目で眺められるってのがポイントなんかねぇ。

今日は、夏目漱石が生まれた日。やっぱ、天才って目の付け所が違うよなぁ。

今日は「2(に)8(わ)」で「にわとりの日」らしい。「庭の鳥」ってくれぇ~だから、大昔から飼われてたんだろうねぇ。

今のイメージだと、庭をちょこちょこ歩き回って餌食ってるって感じなんだが、野生の頃はどんなだったんだろうねぇ。あのイメージだと、すぐに狼とかに襲われて食われちまいそうだがなぁ。特に、武器も持ってなさそうだしなぁ。人間と一緒にいることで生き延びてきたんかなぁ。不思議な動物だぜ。

そういえば、豚もそうだよなぁ。攻撃されたら、どう反撃するんだろうねぇ。

不怒

オレのデスクマットには、十七条の憲法が入れてある。これって、贋作だって話しもあるらしいが、言ってる内容はもっともなことばかりなんだよなぁ。

第十条には、「自分と意見が違っていても怒るな。人ぞれぞれに考えがあって、いつも自分が正しいとは限らないから。」ってのがある。これって大切なことだとは思うんだけど、なかなか出来ねーことだよなぁ。一日一回は見て、反省しねーとな。

今日は、十七条の憲法を作った聖徳太子が生まれた日。ほんと、すんげー人だったんだろうなぁ。

海苔

今日は、海苔の日らしい。なんでも、今日の日付の古文書に「海苔」って載ってたのが分かったんで、海苔の日としたとか。

この古文書って大宝律令のことなんだが、施行されたのは1318年前。そこに年貢の一種として「海苔」が記載されてたってことは、そのずっと前から海苔を食うのはメジャーだったってことだよなぁ。食うと風味があって美味いんだが、最初に食った奴ってのは食う物がなくて食ったって感じなんかなぁ。木の実とかと違って、食うのに勇気が要ったと思うが。

こういう食文化ってのも歴史なんだろうなぁ。オレも好き嫌い直して、少しはいろんな物食うようにしねーとなぁ。

役割

今日は、国際刑事警察機構=インターポールが設立された日らしい。本部はパリに置かれている。

オレ、インターポールっていうと銭形警部のイメージが強くて、国際犯罪を捜査する機関かと思ってたら、どっちかっちゅ~と各国警察の情報伝達とか、海外に逃げた犯人の逮捕を逃げた先の警察に依頼するって感じらしいなぁ。まぁ、国際機関とは言え、一つの国家の中で、別の捜査機関が活動するってんはいろいろ面倒だろうかんなぁ。

オレも捜査協力の対象になんねーよ~に、身を慎まねーとな。

意味

今日は「2(に)4(し)」で「西の日」らしい。語呂合わせは完璧だと思うんだが、それで・・・って感じだなぁ。

オレは、西っていうと「西方浄土」とかってイメージなんだが、涅槃に至る日って訳でもねーし、特に解説もないしなぁ。ちなみに、東の日とかってあるのかって検索してみたが、見っからなかったなぁ。やっぱ、単に語呂だけだったんかなぁ。まぁ、意味あって名付けた奴がいるんだろうが、いまいち広まらなかったんだろうなぁ。

次は、オレが「北の日」でも考えてみっかなぁ。

今日は節分、豆まきの日だぜぇ。どこの家でも豆まきってすんのかなぁ。オレん家ではオフクロが毎年かかさずやるが。

でも、オレん家では大豆じゃなくて、落花生を撒くなぁ。落花生も美味いことは美味いんだが、そんな量を食いてぇ~って物でもねーから、いつまでも部屋の中に残ってたりする。これが枝豆だったら、ビールに合わせていくらでも食えるんだから不思議だよなぁ。やっぱ、食う量って量そのものじゃなくて、意識の問題なんかねぇ

うんでも、ダイエット中だかんな。今日はほどほどにしとかねーとな。

名前

1430年前の今日、隋が300年続いた分裂状態を解消して中国を統一した。それはそれでいいんだろうが、この隋、すぐ崩壊しちまう。

なんでも、2代目の皇帝が派手好きで大規模事業や大遠征ばっかして人民から見放されたのが理由らしんだが、この皇帝につけられた名前が「煬帝(みだらな皇帝)」だった。確かに、人民を酷使して恨まれてたんだろうが、それんしてもの追号だよなぁ。まぁ、亡国の主だから仕方ねーんかねぇ。あんましのような気がするが、今だからそう思うんかねぇ。

オレも、周りから後ろ指刺されねーよ~にしとかねーと、なんて呼ばれるか分かったもんじゃねーな。

映像

66年前の今日、日本でテレビ放送が始まった。今では地上波以外にも、多くの放送が行われているし、インターネット経由の動画も溢れてる。

確かに、文字よりは音声、音声よりは映像の方が情報量が多くて分かりやすいことには間違いねーんだが、分かりやすい分、受け取る側が考えなくなっちまってるんじゃねーかなぁって不安になることがある。事実は事実でも、切り取り方、伝え方によって意味が大きく変わることがあるかんなぁ。

たぶん、これまでのような、文字を読めるようにする教育のほかに、情報の受け止め方って教育が必要じゃねーんかなぁ。