止足

菅原道真って天満宮に祭られてる神様なんだが、この人、元々は学者の家系でそこそこの貴族だったんだが、時の勢いに乗って右大臣まで出世した。当時は藤原氏の時代だかんなぁ。当然、藤原氏の反感を買って左遷させられちまう。

そうなることを心配して、右大臣になった時に、そろそろ引退して優雅に暮らした方がいいよってダチもいたんだそうだが、道真は無視しちまったらしい。大宰府に流されて、そこで最期を迎え、一説によると怨霊になって藤原氏を祟ったとか。それは困るってこって、死んだ後に位も上げられて、官職も進められたらしい。死んでから、そんなことされたって仕方ねーと思うんだけどなぁ。

今日は、道真が死んでから90年たって正一位左大臣を贈られた日。こんな目に遭う前に、引退しときゃ良かったと思うんだが、人間ってのは、なかなかそうはできねーらしいなぁ。

基準

善悪は絶対的なものではないのである。それは人が決めるものでしかなく、それは立場に因って変わるものである。

この本に書いてあったんだが、これって本当のことだと思う。うんでも、それでいいんかなぁって思う自分もいる。善悪ってのが相対的なものだとすると、自分が信じていることが悪いことかもしれないってことだよなぁ。少なくとも、今日はいいことであっても、明日はどうなるか分からないってことだもんなぁ。

ってこたぁ、善悪の基準ってのはその時々で決めるしかなくて、結局、為政者がこれが善だって人々を教育するってことだろう。大丈夫なんかなぁ。すんげー不安になっちまったりする。

2割

パレートの法則って知ってるっかぁ。全体の2割の奴らが全体の8割の富を所有するってやつ。逆に言えば、8割の奴らは残り2割を分け合ってるってことなんだが。

パレートってのはイタリアの経済学者の名前で、ヴィルフレド・パレートっていうらしい。うんでも、これってあまりに偏ってるよなぁ。一番分け前の少ない奴でも暮らしていくのに何にも不便がないっていうんだったら、偏っててもいいんだろうが、現実は全然違うかんなぁ。どうにかして補正してかねーとなぁ。パレートもそう思ったらしくて、厚生経済学っていう分野のパイオニアとも呼ばれている。

そんなパレートが生まれて今年で170年。この170年で世界の富の不均衡は縮まったんかねぇ。怪しいもんだよなぁ。

不思議

2年後には東京オリンピックだよなぁ。オレ、いつも不思議に思うことがある、スポーツの記録って何なのかなぁ・・・って。

オレ水泳やってたんだが、100メートル自由形の今の世界記録は47秒くらい。うんでも、20世紀になったばかりの頃は1分5秒くれぇ~で、1分を切ったのは1922年らしい。これって、120年の間に人間の筋力が3割アップしたってことっかぁ?なんか違うような気がするんだよなぁ。それとも、昔の泳ぎ方には無駄があったってことなんかなぁ。この方がまだ腑に落ちるが。うんでも、その改善って個人の力量っていうよっか、そいつを支えたチームの力って感じがするんだよなぁ。

96年前の今日は、ワイズミュラーが100メートル自由形で初めて1分を切ったとされる日。やっぱ個人の力だけが表彰されていいんかねぇ。

分権

19年前の今日、地方分権一括法が成立して新年度から施行されることとなった。国民一人ひとりにより関係深いことは、より国民に身近な地方自治体で決めれるようにしようということだと思うんだが、実態はどうなんだろうねぇ。

確かに、国の所得税の割合が減って、地方の住民税が増えたんだが、結局のところ看板が変わったくれぇ~なもんで、実態はあんまし変わったような気がしないよなぁ。あいかわらず、国の法律で細かいところまで決めて、地方で選択する幅はほとんどないみたいだし、いつまで経ってもやってることに大差がないような気がする。公務員の意識は変わったのかもしんねーが、国民にとってあれって何だったんだろうなぁ。いまいち効果が分からなかったりする。

いっそのこと、連邦制でも導入したらどうなんだろうねぇ。日本でやったことねーから、無理なんかなぁ。

判断

トマスモアって知ってるっかぁ?「ユートピア」を書いたイギリスの官僚で、すんげー出世したんだが、最後は国王に処刑されている。

この処刑、悪いことして処刑されたってんだったら分かりやすいが、実際のところ、熱心なカトリック教徒だったトマスモアが国王の離婚に反対したことが原因らしい。当時、カトリックは離婚が出来なかったらしいかんなぁ。トマスモアを取り立てたのも処刑したのヘンリー8世。結局は、国王は、部下の能力よりも自分の言うとおりになるかどうかで判断したってことなんかねぇ。人間らしいっていえば人間らしいが、愚かだっていえば愚かだよなぁ。

今日は、トマスモアが瞑目した日、やっぱ、最後は恨んでたんだろうなぁ。

信仰

信仰って何だろうねぇ。自分自身、未だによく分かってないような気がしている。

たぶん、研究で理非曲直が判断できることは科学の世界のことで、どうやっても証明できないことの正否を決めるのは宗教=信仰って感じがしている。でも、証明できないことをどうして決めれるんだろうねぇ。やっぱ、人間には不変で共通の絶対の真理ってあるんかなぁ。だとすれば、それに関しての争いって起こる訳はないような気がするんだが。

今日はエルサレムがイスラム側に渡った日。宗教間の争いという面があるんだが、やっぱ、一つの絶対的な価値ってのはあるんかねぇ。

祭祀

日本人って葬式はお寺でして、結婚式は神社でする奴が多いよなぁ。どっちも宗教なのに変だなぁって思ってたんだが、その一旦は明治政府の方針にもあったらしい。

ほら、先進国って宗教の自由が当たり前だろう。でも、天皇制の土台の一つにもなっている神道(神社)を他の宗教と同列にするわけにもいかない。うんじゃ・・・ってこって、神道は宗教を超えるもので、「国家の宗祀(祭祀)」だってことにしたらしい。

今風にいうと「日本人の倫理・道徳」だって感じなんかなぁ。もともと神仏混交の習慣があったんで、そのまま落ち着いてしまった。うんでも、戦後になって、やっぱ宗教だってことになって、世界的にみれば変わった状態が続いている。

どうなんかなぁ。みんなが納得してれば、別に今のままでもいいと思うが、どっか落ち着かないところがあるって感じるのはオレだけかなぁ。

讒毀

「讒毀」って読めるかぁ。「ざんき」って読んで、悪口で他の奴の評判を落とすことをいうらしい。

明治維新になって言論も活発になってきたときに、政府が「讒謗律(さんぼうりつ)」っていう御触れを出している。わざと不名誉なことを暴いて人を傷つけたり(讒毀)、事実でない悪評をばらまいたり(誹謗)してはいけないって決まりな。人間って、熱くなってくるとどうしても議論が口喧嘩に変わっていくことがあるよなぁ。気付けねーとなぁ。

今日は、明治政府が讒謗律を布告した日。もう143年経つんだが、今でも全然変わってねーような気がするよなぁ。やっぱ、人間の性なんかねぇ。

終結

今年は明治維新150年らしいなぁ。幕藩制から近代国家の体制に移って150年、この期間に日本は大きく変わったよなぁ。もちろん世界も変わったんだが。

この変化、例に漏れず戦闘で実現された。戊辰戦争ってやつな。でも、他の戦闘とちょっと違って、最後まで抵抗した首謀者が処刑されたのかっていうと、許されて後に大臣になっている。お互い、自分の正義を掲げた戦争だったんだろうかんなぁ。妥当な結末なような気がする。もち、戦闘は如何かとは思うが。

今日は、最後の戦争、函館戦争で榎本武明が新政府軍に降伏した日。降伏するとき、榎本は何を考えてたんだろうなぁ。